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【名城紀行】~洲本城~

初めまして!いつも見てくれている人はありがとう!家庭教師ひのきあすなろスタッフの仙谷(せんごく)です。

先輩スタッフの百田さんから指令を受けて、大好きなお城と歴史の勉強に役立つ内容を発信していきます!
このシリーズを通して、歴史の面白さ、現代に伝わる古代のルーツを知ってもらえると嬉しいです。

皆さんの勉強にも旅行にも役立つ記事になるはずです!温故知新の歴史の世界にいらっしゃいませ!!


今回は洲本城(すもと)について紹介していきます。現在の兵庫県。旧国名だと淡路国にあったお城です。

お城と歴史のロマンを体感しましょう!!

文部科学省 学習指導要領「生きる力」

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/index.htm
目次

洲本城の基本情報

別名:三熊城

城郭構造:平山城

天守構造:連結式層塔型、現在は模擬天守

築城主:安宅治興

築城年:室町時代後期

主な城主:安宅氏、仙石氏、脇坂氏、藤堂氏、池田氏、蜂須賀氏

洲本城は三好氏の重臣・安宅治興によって築かれた城で、羽柴秀吉による淡路討伐の後、仙石秀久に与えられました。その後、脇坂安治が城主のときに天守が築かれましたが、移封先の大洲城へ移築したという説があります。また安治は石垣を改修して「登り石垣」を築きましたが、これは日本全国でも三箇所にしか残っていない珍しいものです(ほかのふたつは松山城と彦根城)。

洲本城の歴史

洲本城の歴史を語るためのキーワードは

  1. 仙谷秀久
  2. 由良引け

の2つですね。順番に見ていきましょう!!

漫画のタイトルにもなった仙石秀久

仙石秀久は、戦国時代から江戸時代前期にかけての武将・大名です。豊臣秀吉の最古参の家臣で少年の頃より仕え、家臣団では最も早く大名に出世しました。

1567年(永禄10年)、主君の斎藤龍興が織田信長との稲葉山城の戦いに敗れて落ち延びた後、信長は秀久の勇壮な風貌を気に入り、配下である羽柴秀吉の寄騎に任命しました。

1567年(永禄10年)、14歳で織田家入りを果たしてからは羽柴隊(木下隊)の馬廻衆として各地を転戦し、最古参の家臣として秀吉から寵愛を受けました。1570年(元亀元年)の姉川の戦いにも参加し、この戦いで浅井方の山崎新平を討ち取った功績により、1574年(天正2年)に秀吉から近江国野洲郡に1,000石を与えられ、一領主となりました。
やがて秀吉が信長から中国攻略を命じられると、秀久はそれに従軍して戦功を挙げます。1582年(天正10年)6月、信長が本能寺の変で死去し、秀吉の中国大返しと山崎の戦いが始まると、秀久は淡路で明智光秀方に与した豪族達を討伐する任にあたり、淡路平定に貢献しました。1583年(天正11年)、秀久は淡路平定の軍功を評価されて淡路国5万石を拝領して大名となり、洲本城に入城しました。淡路受領後は淡路水軍、小西行長、石井与次兵衛、梶原弥助ら複数の水軍を統括し、紀州征伐では湯川一族討伐で功を挙げました。

しかし、1586年(天正14年)、立身を続けていた秀久は秀吉の命令で九州征伐が始まると、先陣役として派遣される事になった四国勢の軍監に任命されましたが、軍律違反を犯したうえで、大敗し、高野山へ追放されました。

その後、小田原征伐に参戦し、再度大名に返り咲き、秀吉の死後は家康に取り入り、とりわけ息子の秀忠とは大変良好な関係を築いたとされます。

城下町ごとの大移転、「由良引け」

秀久が追放された後、かわって脇坂安治が城主となり、城の大改修を行いました。この時、天守が造営されるとともに、石垣の大改修の際、倭城での経験から「登り石垣」が築かれました。

江戸時代になり、姫路城主池田輝政の三男忠雄が領主になった際に廃城となり、まず岩屋城、次に由良成山城に居城します。これは関ヶ原の戦い以降も、豊臣方大名の動きを牽制するために、徳川家と縁戚関係にある池田氏(忠雄の正室は徳川家康の孫)に播磨灘と大坂湾一帯を防衛させるためとされています。

大坂夏の陣の後、徳島藩の蜂須賀氏の所領となり、筆頭家老の稲田氏一族が由良城代となりますが、交通の便が悪いなどの理由から1631年から1635年にかけて由良城を廃して洲本城に再び本拠を移します。この移転は城下町ごとの大移転であったため俗に「由良引け(ゆらびけ)」と呼ばれています。

仙谷から見た洲本城

洲本城は、続百名城に指定されています。遺構としてはとりわけ石垣の保存状態がよく、城址のあちこちで見ることができます。

現在は本丸跡に模擬天守が建てられており、これは江戸時代の天守を復元したものではありませんが、日本最古の鉄筋コンクリート製模擬天守として知られています。山麓には「大坂夏の陣」の後、徳島藩主・蜂須賀氏の筆頭家老である稲田氏によって築かれた平城があり、その跡地には洲本城に関する資料を展示する市立淡路文化史料館が建てられています。

さて、洲本城についての理解が深まりましたでしょうか??
少しでも「面白いな」とか「分かりやすい」と思ってくれたら嬉しいです!

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